匠 -TAKUMI-

ディッキーズが持つポテンシャルを
最大限に引き出すために、日本の職人技を
惜しみなく投入したこだわりのラインナップである匠。

値ごろで丈夫という今までのイメージから
一歩踏み出したプロダクトを、妥協なき素材、縫製、加工を
熟練した職人たちの知恵と技をもって実現させたのだ。
ストリートを通過し、クラシックを熟知した
男たちを唸らせるフィーリング、次世紀の
スタンダードと成り得るクオリティを追い求めた。

世界的なブランドも信頼を寄せる、
デニムとワークウェアの聖地、岡山と福山。
今回は匠プロジェクトの中心となった5つのファクトリーを
来訪し、メイドインジャパンを貫徹した
匠プロジェクトの魅力に迫る。

匠プロジェクトを支える5つのファクトリー

徹底的にメイドインジャパンにこだわって作られる匠の製品を支えるファクトリーを、岡山と福山のアパレル産業の変遷を交えて紹介していこう。

中重被服工業

よく知られていることであるが、岡山が現在のデニムの一大生産地として知られるようになる前は、学生服や様々な制服の産地であった。 80年代に巻き起こったジーンズの大ブームによって、それまで作業着や学生服を生産していた工場の多くが一気にジーンズ生産へと移行したという経緯があるのだ。 それゆえ、番手の太いステッチによる丈夫な縫製が得意な工場が多く、ディッキーズのブランド哲学にも合致しているわけだ。

まず訪れたのは倉敷市児島に工場を構える中重被服工業。匠プロジェクトのワークシャツの組み立てを担当し、デニムをはじめワークウェアの縫製にかけて定評のある会社だ。 今年で創業から50年を迎える同社の山下専務に話を伺った。

「そもそもシャツは、ドレスシャツとワークシャツで工程や技術も、使用するミシンなどの設備も全然違うのです。ウチはもともと作業服とか制服がメインだったのですが、80年代にはジーンズをはじめとするカジュアル衣料が主体になりました。だからウチで扱うのはカジュアルシャツですね。今回のプロジェクトで最もこだわったのは、ヴィンテージの様な風合いを残しつつも強度のある、綿糸とポリエステルを混紡したコア糸で縫製していることです。後加工とのマッチングを最初から意識して縫い糸から選び、環縫いや新旧ミシンの使い分けなど、細かい仕様はウチで任せてもらってます。セルヴィッジを残すための手作業による裁ち落し、アームの巻縫いなどにはこだわってますね」

生産側の細やかな気遣いや創意工夫。 匠プロジェクトに選ばれた工場で仕上がるものは、海外で大量生産した平面的なものとはやはり第一印象が違う。山下氏に言わせれば、プロダクトの「雰囲気づくり」なのだそうだ。そんな言葉を胸にしながら、我々は次の取材現場に向かった。

ココロ

元々は学生服のズボンを主体とした縫製工場から、同じく80年代にカジュアル衣料の生産に転向したココロだ。 代表の山崎氏は、東京にある生地メーカーでの勤務を経て、父の工場を継いだ2代目である。

「どんな服でもそうですが、人がモノを考えて作り、それを着ますよね。最終的に人ありきなのです。もちろん中国でも似たようなものを安いコストでできるのでしょうが、やっぱり商品には差が出てくると思います。人と人のやり取りで生まれるプロセスが、どうプロダクトに落とし込むことができ、最終的にエンドユーザーに喜んで頂けるものになっているかどうか?そこが匠プロジェクトのカギだと思っています。例えば意図しないミスが、新しいリメイクのアイデアを生むこともありましたし。そういう密なコミュニケーションができるのがウチの強みです。クライアントからの意向と生産現場のアイデアをしっかり交通整理して生産管理をしていければ、岡山の地で培ってきた経験や技術は、まだまだ海外には負けないものがあるのです。」

豊和

多くのアパレルで、人件費が安く、技術も安定した中国をはじめとする生産背景を利用している。ディッキーズももちろん例外ではないが、この匠プロジェクトは日本製にこだわる。 それはとりもなおさず、人と人の関係性を重視し、職人たちの匠の技ありきのモノづくりなのだから。もちろん、加工の現場でも同じことが言える。 児島のジーンズ、カジュアル衣料の生産で指折りの施設と生産量、他にはない新技術を誇る豊和に訪れた。 同社は「洗い」と呼ばれる工程をメインにしており、匠プロジェクトにおけるデニムとワークシャツの加工で重要なポジションを占めている。圧倒的な加工技術の数々に自信をうかがわせる、企画開発課の中桐氏に話を伺った。

「いわゆる3D加工と呼ばれる立体的なヒゲやアタリはもちろん、シェービングやサンドブラスト加工も得意としています。シェービング加工は、元々大工さんが木材用の表面加工のために使っていた機材をデニム加工に転用したのですが、そのヒゲ作業台などは弊社の特注となっています。それから、水を使わずにオゾンの力で脱色するエアーウォッシュは、今回の匠プロジェクトのワークシャツでも使われています。元々のチェックの色相はあまり変えずに脱色することが可能になり、同時に自然な起毛感と柔らかい風合いを出すことができます。」

小林被服

岡山県の児島の3工場を取材した翌日に向かったのは、広島県の福山だ。 この地域は岡山よりも作業着を得意とする工場が多く、小林被服もそのひとつ。80年代に国産デニムが生まれるまではずっと、輸入した生地に頼っていたが、80年代後半になると一気にメイド・イン・ジャパンのジーンズが大量に生み出されることとなった。 そこで生まれた技術は、様々なカジュアル衣料全般にも応用され、もちろんその先端技術はディッキーズの製品にも数多く採用されているのだ。1974年に創業し、現在は2代目社長小林氏が引き継いだ同社は、いわゆる組み立て(縫製)工場だ。生産現場で辣腕を振るう楠氏に設備を案内して頂いた。

「我々のモットーは管理体制がしっかりとしたモノ作りです。仕様書を綿密に検討しながら工程を精査し、トラブルを未然に防ぐように心がけています。たくさんの種類のミシンを使い分けており、ワークパンツ特有の玉縁ポケット専用のミシンや、地厚な生地を縫うためのロックミシンや巻きミシンも取り揃えています。専用のアタッチメントをその都度作成してもらって、ヴィンテージ風の作り込みやストレッチ素材なども得意としています。今回の匠プロジェクトの5Pパンツやカーゴなどの作製を弊社が担当しています。」

ディッキーズはもちろん有名セレクトショップのオリジナルをはじめ、人気ドメスティックブランドなど、多数のクライアントのニーズに応える小林被服。整然と並んだミシンの針先を見つめる職人たちの見事な手さばきが印象的だった。

タグチ

そして、5件目の取材先は、同じく福山市神辺町に工場を構えるタグチだ。
匠プロジェクトの5Pパンツやカーゴで採用されている「2年穿き加工」を開発した同社の原田氏に、こだわりの加工について語って頂いた。

「元々この備後地方は絣(かすり)で有名です。昭和30年代まではクリーニング工場だったのですが、その前は藍染をやっていたんです。だから現在でも染が4割、洗いが6割となっています。硬いデニム生地を柔らかく風合いよくするために生まれたのが洗い加工のはじまりですが、現在弊社ではストーンウォッシュとバイオウォッシュを得意としています。特に薬品に弱いストレッチ素材などは、縮率をシビアに計算することが大切。必要に応じて低温加工などを用い、トラブルを最小限に抑えています。品質を安定させるため、可能な限りオートメーション化していますが、やはり最後は手動での作業、細かな温度と加工時間の調整は、熟練した職人たちの手に委ねられているのです。最終的なモノの面構えを左右する加工は、その前段階の生地と縫製、そしてデザインを汲み取ってこそ。互いの工場で最終的なイメージを共有しながら作業することで、目標の仕上がりに近づくのです。」

大型のドラム式染色加工機から、匠プロジェクトのサンプルを取り出した原田氏。リアルな経年変化を表現した「2年穿き」は、卓越したスキルと長年の経験から生み出された、匠プロジェクトだけの加工なのだ。

岡山県児島と広島県福山で5つの生産現場を目にし、そのこだわりについてざっと各現場責任者のコメントを紹介してきたが、
どの男の表情からも、匠と呼ばれることの矜持を胸に本プロジェクトに当っていることがお分かりだろう。
世界的に見てもトップクラスの縫製と加工を惜しげもなく投入し、その名に恥じない日本のモノづくりを高らかに宣言するプロダクト。

そう、匠がある限り、ディッキーズの進化は止まらないのだ。